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スポーツ:帝国主義的ルールの限界

 サッカー日本代表はワールドカップ出場を決め、プレ大会であるコンフェデレーション・カップにおいてもギリシャを破り、ブラジルと引き分けるなど、期待以上の活躍で、暗い世相を明るく照らしてくれています。

 スポーツにおける世界大会の最高峰は、日本では長らくオリンピックが頂点だったわけですが、ワールドカップを知った我々は、その考えが一概に正しいわけでもないことに気付き、世界水泳や世界陸上などのイベントも成功を収めつつあり、何でもかんでもオリンピック一辺倒という状況ではなくなりつつあります。

 しかし、それでもオリンピックの強い影響力に陰りが出たわけでもなく、それはすなわちスポーツにおける欧州主導の体制が依然として根強いことを指し示しています。

 サッカーの場合は南米に欧州に匹敵する実力があるため、経済力という面では見劣りする南米ではあるものの、南米抜きでのサッカー世界一決定戦は考えにくく、つまりは発言力は強く、欧州主導にならないような牽制機能が働いているように見受けられます。

 しかし他のスポーツはそうではありません。
 ウィンタースポーツなどは特に顕著で、かつて日の丸飛行隊と呼ばれた日本ジャンプ人に昔日の面影はなく、荻原兄弟が世界を席巻したクロスカントリーも同様です。
 度重なるルール変更。被害妄想かもしれませんが、欧米人に有利なように変更されるレギュレーション。


 「欧州都合主義」とも呼べるこれら一方的なルール変更は、常に世界のトップで戦うアスリートを苦しめてきました。
 そしてそれはジャンプやクロカンに限らず、モータースポーツの最高峰、F1においても同様です。


 先日行なわれたアメリカGPの光景は、まさに異様でした。
 まるでテスト走行のような光景。
 原因は、6チームにタイヤを供給するミシュランタイヤが、安全性能を維持できないからとの理由で、レースをボイコットしたからです。
 スピードが出すぎるコース設定に悲鳴を上げたミシュランは、シケインの増設などで速度を落とすように提案したものの、「速度が速いなら速度を落としてコースを回ればいい」とのFIAの見解で、結局妥協案は見出せず、安全重視の立場からミシュランタイヤを使用する各チームがレースへの参加を取りやめたそうです。

 元々F1は欧州主義の権化のような組織で、かつてターボ全盛の時代、あまりにも速すぎるホンダ・ターボを規制すべく、ターボ禁止、3500cc化に移行したのは記憶に新しいところです。

 その後、エンジンの3000cc化、ハイテク禁止、タイヤ幅の縮小など、F1のレギュレーションは毎年猫の目のように変化し、見ているほうもついていくのがやっとで、今ではかつてのF1ブームほどの勢いがありません。


 しかしここでいう「欧州主義」は、「欧州勢に有利なレギュレーションに変更する」事を指しており、F1についてそれを指摘するのは妥当ではないかもしれません。

 実際に日本が標的となったルール変更は、ターボ禁止くらいだったと記憶していますし、その後、ウィリアムズが速すぎればハイテクを禁止し、フェラーリが速ければ車体レギュレーションを変更したりと、レギュレーションは常に勝者を規制する形で行なわれてきました。
 この姿勢は正しく、実力均衡を少しでも実現するためには必要なことだと思います。


 しかしそのやり方があまりにも強硬すぎて、今ではフェラーリを除くチームやサプライヤー全てが、F1に代わる新しい組織を発足させようと画策し、その確執がたびたび報道されています。

 バーニー・エクレストンという王様のもと、良くも悪くもトップダウン一辺倒のF1の世界では、話し合いの余地がほとんどなく、「欧州主義」というよりは「帝国主義」に近い形でルールが適用され、今回のアメリカGPはまさにそのあおりを食った結果となりました。


 アメリカにはCARTという独自のレース文化があり、オーバルコースを時速220マイル(約360キロ)で疾走する単純かつ公正なルールが受けているため、複雑なレギュレーションや一部のチームだけが特別に速いF1の考え方は、あまり受け入れてはもらえませんでした。

 帝国気取りのFIAはルールを厳守することで、自分達が絶対の存在であることを誇示したかったのかもしれません。
 しかし、チームは走らなければその存在理由がないし、サプライヤーからすれば、世界一の市場であるアメリカでF1を通じた技術のアピールができなければ、そもそもアメリカGPを開催する理由がありません。

 しかしそんな事情はお構いなしに、自分達のルールだけを振りかざしてチームもサプライヤーも観客さえも無視して開催が強行されました。
 加えて、参加台数が減ったのをすべてミシュランに押し付けてしまい、FIA事態には何の責任もなかったことを強調する始末。
 これでは尊敬を持った関係など築けようがありません。

 インディアナポリス・モーター・スピードウェイはこれに対し、

「怒りの連絡はこちらへ」


 という声明を発表し、声明の中にはFIAとミシュランへの連絡先が明記されていました。
 無論、来年以降のアメリカGP開催に暗雲が立ち込めたことは言うまでもなく、ただでさえ興行的に有益な開催地候補が減り続けているF1にとっては、FIAの権力誇示以外に何も獲るものがなかった開催となってしまいました。


 興行側と参加者と顧客の関係は、どんなイベントでも付きまとう難しい問題かもしれません。
 しかしF1はその関係が特に危うい状態になっていると、アメリカGPの事件でハッキリしました。
 レシプロエンジンの行く先が非常に厳しいことを考えてみても、F1はそのあり方を見つめなおす転機に差し掛かっているはずなのに、旧態依然の権威主義だけがはびこっていて、まるで鈍重な恐竜のように思えるのは僕だけでしょうか。


 衰退してゆく読売巨人軍と同じことにならないよう、FIAにはもう一度F1とはなんなのかを見つめなおして欲しいところです。
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  1. 2005/06/24(金) 00:33:34|
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